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NPO法人森林活用研究会こぴす

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子どもは、森で「なんだろう?」を拾ってくる|自然の中で育つ疑問と考える力

2026年8月27日

こぴすの森だより 第7号

子どもは、森で「なんだろう?」を拾ってくる

 

はじめに

子どもと森を歩いていると、突然立ち止まることがあります。

「これ何?」

「なんで穴が開いてるの?」

「この葉っぱだけ色が違うよ」

「ここ、誰か歩いた?」

大人には何でもないものでも、子どもには不思議です。

木の皮。

落ち葉。

木の実。

小さな穴。

足跡。

折れた枝。

森には、名前のついていない遊びだけでなく、答えのまだ分からないものもたくさんあります。

そして子どもは、その中から自然に、

「なんだろう?」

を拾ってきます。

 



 


森では、大人と子どもの見ているものが違う

大人が森へ入ると、ある程度目的があります。

歩く。

景色を見る。

植物を観察する。

仕事なら木や地形を確認する。

でも子どもは、突然足元の小さなものへ夢中になります。

大人からすれば、

「そんなもの?」

と思うようなものです。

でも子どもにとっては、それが今日一番面白い発見かもしれません。

森へ連れていった時、大人が見せたいものと、子どもが見つけるものは同じとは限りません。

子ども自身が見つけたものに価値があります。

 


「これ何?」に、すぐ答えなくてもいい

子どもに聞かれると、大人は答えたくなります。

知っていれば、なおさらです。

「これは○○だよ」

「この穴は○○が開けたんだよ」

正しい知識を伝えることも大切です。

でも、いつもすぐ答えを渡さなくてもいいと思います。

そんな時は、

「なんだと思う?」

と返してみます。

すると、

「虫かな?」

「鳥かもしれない」

「雨でこうなったんじゃない?」

と考え始めます。

正解でなくても構いません。

答える前に、自分なりの予想を持つ。

その時間が、考える力につながります。

 


間違ってもいいから、考えてみる

子どもの予想は、ときどき大胆です。

木の穴を見て、

「小人の家かもしれない」

と言うかもしれません。

動物の足跡を見て、

「恐竜じゃない?」

と言うこともあるでしょう。

大人は、

「違うよ」

とすぐ直したくなります。

もちろん最後には正しい情報が必要な場合もあります。

でも最初から全部否定してしまうと、

「自分で考えるより、大人に聞けばいい」

になってしまいます。

まず、

「どうしてそう思ったの?」

と聞いてみる。

すると子どもなりの理由があります。

考えた理由を言葉にすることにも意味があります。

 


分からないまま持ち帰ってもいい

森で見つけた疑問が、その場ですべて解決するとは限りません。

大人にも分からないことがあります。

そんな時は、

「分からないね」

でいいのです。

写真を撮る。

形を覚える。

家へ帰って図鑑を見る。

あとで一緒に調べる。

その場ですぐ答えが出なかったからこそ、疑問が続くことがあります。

学校の問題なら答えがあります。

でも自然には、

すぐには分からないことがたくさんあります。

「分からない」を持って帰る経験も、森での学びです。

 


大人が「分からない」と言ってもいい

子どもから質問されると、

「大人だから答えなければ」

と思うことがあります。

でも知らないことはあります。

そんな時は、

「私も分からない」

と言っていいと思います。

そして、

「一緒に調べてみようか」

と続ける。

これは、大人の価値が下がることではありません。

むしろ、

分からないことがあったら調べればいい

という姿を見せることになります。

知識を持っていることだけが学びではありません。

知りたいと思うこと。

調べようと思うこと。

そこにも大切な力があります。

 


疑問は、遊びの中から生まれる

第6号では、

「暇から遊びが始まる」

という話をしました。

子どもが枝を拾う。

葉っぱを集める。

地面を掘る。

虫を探す。

そんな自由な遊びをしていると、自然に疑問が出てきます。

「この枝、どうして曲がってる?」

「この木の実、何の木?」

「虫はどこへ行ったの?」

つまり、



遊ぶ

見つける

疑問を持つ

考える

という流れが生まれます。

大人が最初から「今日はこれを勉強します」と決めなくても、学びは始まります。

 


正解より、「気づいたこと」を大切にする

自然体験というと、

「何を覚えたか」

を成果にしたくなることがあります。

木の名前を覚えた。

虫の名前を知った。

もちろん、それも素晴らしいことです。

でも私は、それだけではないと思います。

「あれ?」

と思った。

いつもと違うものに気づいた。

もっと知りたいと思った。

そこが始まりです。

知識はあとから増やせます。

でも、自分で疑問を見つける感覚は、人から簡単に与えられるものではありません。

 


おわりに

森には、子どもの「なんだろう?」がたくさん落ちています。

虫食いの葉。

変な形の木の実。

小さな穴。

動物の足跡。

色の違う石。

曲がった枝。

大人なら通り過ぎるようなものでも、子どもは立ち止まります。

そんな時、

すぐ答えを教える前に、

「なんだと思う?」

と聞いてみる。

分からなければ、一緒に考える。

それでも分からなければ、持ち帰る。

子どもは、森で「なんだろう?」を拾ってくる。

その小さな疑問が、やがて自分で考え、自分で調べ、自分で確かめる力へつながっていきます。

森は、答えを教えてくれる教室というより、

問いを見つけさせてくれる教室

なのかもしれません。

 


彩ちゃんのひとこと

「森って、木や虫の名前を覚える場所だと思っていました。

でも、その前に『これ何だろう?』と気づくことが大切なんですね。

すぐ答えを知るより、自分で予想してみる。

分からなかったら持ち帰って調べる。

森には、答えより先に“問い”がたくさん落ちているんだと思いました。」

 

 

 


note更新のお知らせ(8月26日更新)

彩ちゃんの安全物語50話

『その休憩、本当に休めているか?』

noteで読む

 

 

 

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