

2026年5月8日
ゴールデンウィーク後半は、NPO法人森林活用研究会こぴすの原点を見つめ直してきました。
こぴすとは何か。
子どもは森でどう育つのか。
森はみんなの居場所になれるのか。
そして、こぴすからフォレストカレッジへ、森の学びがどう形を変えて続いているのか。
その締めくくりとして、今日は一冊の本を通して、
子どもを信じて見守る大人の力を考えます。
小学校の先生をしていた頃、
保護者の方によく伝えていた言葉があります。
子どもの手を放して、目を放さず。
これは、今でもとても大切な言葉だと思っています。
子どもを育てる時、大人はつい手を出したくなります。
危ない。
失敗しそう。
うまくできないかもしれない。
かわいそう。
時間がかかる。
そう思うと、つい先に助けてしまう。
でも、手を出しすぎると、
子どもが自分で考える時間を奪ってしまうことがあります。
だからといって、見ていなくていいわけではありません。
子どもの手は放す。
でも、目は放さない。
この距離感が、子どもを育てるうえでとても大切です。
今日紹介する本は、
『森のようちえん 自然のなかで子育てを』今村光章 編著 です。
この本を通して考えたいのは、
森で遊ぶ子どもの話だけではありません。
子どもを信じて見守る、大人の力です。
森のようちえんというと、
「子どもを森で自由に遊ばせる活動」
と思われるかもしれません。
たしかに、子どもたちは森の中で自由に動きます。
枝を拾う。
虫を探す。
斜面を登る。
倒木をまたぐ。
落ち葉を集める。
友だちと相談する。
何かを作る。
そこには、教室のような机も黒板もありません。
決められた遊具もありません。
でも、それは放任ではありません。
大人は見ています。
どこが危ないか。
どこまでなら挑戦させてよいか。
どの子が不安そうか。
どの子が無理をしているか。
どこで声をかけるべきか。
どこは黙って見守るべきか。
森のようちえんで大切なのは、
子どもを好き勝手にさせることではありません。
子どもが自分で育つ時間を、大人が見守ることです。
子どもが小さな倒木をまたごうとしている。
大人はすぐに思います。
危ない。
転ぶかもしれない。
手を貸してあげよう。
もちろん、本当に危険な時は止めなければいけません。
でも、何でも先に手を出してしまうと、
子どもは自分で考える機会を失います。
どう足を上げるか。
どこに手をつくか。
どのくらい力を入れるか。
うまくいかなかった時、どう直すか。
こういうことは、説明だけでは身につきません。
自分でやってみる。
少し失敗する。
もう一度考える。
また挑戦する。
その中で、子どもは育ちます。
大人が全部を整えてしまうと、
子どもは失敗しません。
でも、失敗しない代わりに、
考える力も育ちにくくなります。
子どものためにと思って出した手が、子どもの学びを止めてしまうこともあるのです。
では、手を放せばいいのか。
そうではありません。
ここを間違えると危ないです。
森には、本当に危険なこともあります。
高い場所。
鋭い枝。
滑る斜面。
崩れやすい土。
毒のある植物。
急な天候の変化。
だから、大人は目を放してはいけません。
手を放すことと、見ていないことは違います。
むしろ、手を出さない分、
大人はしっかり見ていなければいけません。
子どもの表情。
動き。
足元。
まわりの状況。
子ども同士の関係。
それを見て、判断する。
ここは任せていい。
ここは声をかける。
ここは止める。
ここは少し近づく。
これが見守る力です。
見守るとは、何もしないことではありません。
必要な時に動けるように、よく見ていることです。
森のようちえんの考え方で面白いのは、
きっちり決められたカリキュラムよりも、
その日の森、その日の子ども、その日の発見を大事にするところです。
私はこれを、こう言いたいです。
カリキュラムがないのがカリキュラム。
山そのものがカリキュラム。
これは何も考えていないという意味ではありません。
森が毎日違うからです。
昨日は乾いていた道が、今日は濡れている。
昨日はなかったキノコが出ている。
昨日は見えなかった虫が動いている。
昨日は簡単だった斜面が、今日は滑りやすい。
同じ森でも、毎日違う。
だから子どもは、その場で考えます。
今日はどう歩こう。
何を見つけよう。
どこまで行ってみよう。
友だちとどう関わろう。
山は、毎日違う問題を出してくれます。
子どもは、その問題を体で受け取ります。
山そのものが先生になる。
これが、森のようちえんの大きな魅力です。
森のようちえんは、子どもを育てる活動です。
でも、実は大人も育てられます。
子どもを信じる力。
待つ力。
黙って見守る力。
危険を見極める力。
必要な時だけ手を出す力。
これらは、簡単ではありません。
大人は、つい言いたくなります。
そこは危ない。
早くしなさい。
それは違う。
こうやりなさい。
もうやめなさい。
でも、子どもが自分で育つには、
大人が少し我慢することも必要です。
見守る大人は、楽をしているわけではありません。
むしろ難しい。
手を出す方が簡単です。
口を出す方が早いです。
でも、あえて待つ。
子どもの力を信じる。
そこに、大人の成長があります。
森のようちえんは、子どもだけでなく、大人の見守る力も育てます。
NPOこぴすの原点は、森を子どもの居場所にすることでした。
子どもが森の中で遊ぶ。
自然に触れる。
自分で見つける。
自分で考える。
友だちと助け合う。
そこに、大人がどう関わるか。
これがとても大事です。
全部を管理するのではない。
でも、放っておくのでもない。
手を放して、目を放さず。
この考え方は、こぴすの活動にぴったり合います。
森は、子どもを育てます。
でも、その森に子どもを安心して入れるためには、
見守る大人が必要です。
道を整える人。
危険を確認する人。
子どもを見守る人。
活動を支える人。
一緒に考える人。
そういう人たちがいて、
森は子どもの居場所になります。
NPOこぴすでは、こうした活動に賛同し、力を貸してくださる方を募集しています。
特別な技術がなくても構いません。
子どもを見守る。
森を整える。
活動を知ってもらう。
応援してもらう。
一緒に考える。
その一つ一つが、子どもたちの未来につながります。
森の中で子どもたちが遊び、学び、自分らしく育つ時間を守ることは、
子どもたちの将来を明るくする活動です。
手を出しすぎず、でも目を放さない。
そんな大人が一人増えるだけで、
子どもの世界は少し広がります。
一緒に、森から子どもたちの未来を育てていけたら嬉しく思います。
『森のようちえん 自然のなかで子育てを』は、
子どもと森の関係を考えるうえで、とても良い一冊です。
でも今回、私が一番大事にしたいのは、
子どもが森で育つという話だけではありません。
大人が、子どもをどう見守るか。
ここです。
子どもの手を放して、目を放さず。
この言葉は、森の中でも生きます。
子どもは、自分でやってみることで育ちます。
でも、大人のまなざしがあるから安心して挑戦できます。
手を出しすぎない。
でも、見ていないわけではない。
その距離感が、子どもを育てます。
こぴすがもう一度子どもの活動に戻るなら、
この言葉を真ん中に置きたいと思います。
子どもの手を放して、目を放さず。
森は、その見守り方を大人にも教えてくれる場所です。
「手を放して、目を放さず。
すごくいい言葉ですね。
子どもを自由にさせることと、放っておくことは違うんですね。
森の中では、子どもが自分で考えて、試して、育っていく。
でも、その後ろにはちゃんと見守る大人がいる。
私も、すぐに手を出すのではなく、
“見守る力”を大事にしたいと思いました。」
彩ちゃんの安全物語 特別編が公開されました。
※フォレストカレッジホームページ
https://www.young-leaves.com/