

2026年8月24日
昨日も歩いた作業道。
何度も入っている山。
見慣れた斜面。
そんな場所へ行くと、つい、
「ここは分かっている」
と思います。
どこに石があるか。
どこが滑りやすいか。
どこを通ればいいか。
頭の中には、昨日までの森の姿があります。
でも森は、私たちが帰ったあとも動いています。
雨が降る。
風が吹く。
枝が落ちる。
水が流れる。
草が伸びる。
だから、昨日と同じ道でも、今日まったく同じとは限りません。
仕事を終えて山を離れると、人の作業は止まります。
でも森は止まりません。
夜の間に雨が降れば、土が柔らかくなります。
風が強ければ、枯れ枝が落ちていることがあります。
水が流れれば、小さな溝ができることもあります。
動物が地面を掘ったり、石が動いたりすることもあります。
昨日は何もなかった場所に、今日は何かある。
森では、それが普通です。
だから朝、同じ場所へ戻ったとしても、
「昨日の続き」ではなく、「今日の森」を見ることから始めます。
初めて入る山では、誰でも慎重になります。
足元を見る。
周囲を見る。
道を確認する。
ところが何度も通ううちに、少しずつ見る量が減っていきます。
「あそこは大丈夫」
「いつもここを通っている」
経験が判断を速くしてくれる一方で、慣れが確認を省かせることもあります。
本当に怖いのは、知らない場所だけではありません。
知っていると思っている場所にも、見落としは生まれます。
特に変化が分かりやすいのが、雨のあとです。
土が湿っている。
落ち葉が滑りやすい。
小さな沢の水が増えている。
作業道に水が流れた跡がある。
普段なら何でもない斜面でも、条件が変われば歩き方を変える必要があります。
昨日安全だった立ち位置が、今日は安全とは限りません。
大切なのは、
「いつもどうだったか」
だけで判断するのではなく、
「今日はどうなっているか」
を見ることです。
変わるのは地面だけではありません。
森へ入ったら、上も見ます。
折れかけた枝はないか。
風で枝が掛かっていないか。
倒れかけた木はないか。
木の状態が昨日までと違っていないか。
人は歩いていると、どうしても足元へ意識が集まります。
でも森の危険は、足元だけにあるわけではありません。
下を見る。前を見る。時々上を見る。
視線を動かしながら森へ入ります。
森の変化は、いつも大きく現れるわけではありません。
「なんとなく地面が柔らかい」
「昨日より水が多い」
「この枝、前からあったかな」
そんな小さな違和感から始まることがあります。
そこで、
「まあ大丈夫だろう」
と通り過ぎるのか、
一度止まって確かめるのか。
この差は小さいようで大きいものです。
森を見る技術とは、特別なものを発見する力だけではありません。
昨日との小さな違いに気づく力でもあります。
毎日同じ場所を歩いていると、
「また同じ道だ」
と思うことがあります。
でも、同じ場所を繰り返し見るからこそ、変化にも気づけます。
昨日なかったもの。
昨日より増えたもの。
昨日とは違う音。
昨日とは違う地面。
知らない森では分からない小さな変化も、知っている森なら見つけられます。
つまり「慣れ」は危険になることもありますが、使い方によっては大きな強みにもなります。
知っているから見ないのではなく、知っているから違いが分かる。
そんな見方をしたいものです。
森では、昨日と同じ道も同じではありません。
雨。
風。
水。
落枝。
草。
生き物。
いろいろなものが、少しずつ森を変えています。
だから慣れた現場へ戻った日も、
「ここは知っている」
だけで入らない。
一度立ち止まり、
今日の足元を見る。
今日の木を見る。
今日の空を見る。
毎日森を見直す。
それが、変化の中で安全に働くための基本です。
昨日の記憶を持ちながら、今日の森を新しく見る。
森で長く働く人ほど、そんな目を持っているのだと思います。
「昨日歩いた道なら、つい『大丈夫』と思ってしまいそうです。
でも森は、人が帰ったあともずっと変わっているんですね。
雨、風、水、落ちた枝。
知っている場所だからこそ、昨日との違いを見つける。
同じ森を毎日新しく見ることも、安全につながる技術なんだと思いました。」
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