

2026年5月17日
2026年5月11日から15日まで、
新潟病院で「HAL散歩5月」を行いました。
今回の入院は、いつものように楽しみだけで始まったわけではありませんでした。
正直に言えば、出発前から気持ちは重かった。
体も重い。
HALに向かう気持ちも、以前ほど軽くありませんでした。
5年前のHALには、はっきりした目標がありました。
評価で何周回る。
前回より距離を伸ばす。
そういう分かりやすい目標がありました。
でも今は違います。
2分間歩くこと自体がつらい。
HAL散歩も、腕で支えないと歩ける気がしない。
しかも、その腕で支えること自体がかなりの重労働になる。
HALは病気を治すものではありません。
進行を少しでも遅らせるためのリハビリです。
それは頭では十分に分かっています。
それでも、最近は自分の思うように体が動かないことが、はっきり分かるようになってきました。
自分の病気の進行が、HALのリハビリを追い越してしまうのではないか。
そんな不安が、どうしてもよぎるのです。

湯沢に近づくと、雪を残した山並みが見えてきました。
谷川岳そのものと断定するより、
谷川岳を含む谷川連峰という表現が正確だと思いますが、
この景色を見ると、やはり新潟へ来たという気持ちになります。
行く前は重かった気持ちも、
山を見ると少しだけほどける。
山は、こちらの調子が良い時も悪い時も、
何も言わずにそこにあります。
それが、ありがたかった。

湯沢インター手前では、岩原スキー場も見えました。
4月には雪が残っていた景色も、
5月にはまた違う表情を見せていました。
季節は進んでいる。
自分の体は思うように進まないこともある。
それでも、少しずつでも前へ進めばいい。
そう思うことにしました。
今回は、PTさんや地域連携の方にも正直に今の状態を伝えました。
気持ちが重いこと。
体が重いこと。
数字を追うと気持ちが先に疲れてしまうこと。
そのうえで、今回は
2分間歩行などの歩行テストは行わず、HAL散歩そのものに集中する1週間
にしてもらいました。
数字を追うのではなく、
まずはHALの力を借りて身体を整える。
この判断は、自分にとって大きかったと思います。
無理に結果を背負わないだけで、
少し気持ちが楽になりました。

Day1のHAL散歩は、
「どれだけ歩けたか」ではなく、
「どこを整えるか」を見る時間になりました。
前回の4月で見えていた課題は、はっきりしています。
・骨盤の前方移動が途中で止まりやすい
・立脚後期の伸びが弱い
・腕で支えすぎる瞬間がある
・右足の蹴り脚を毎歩安定して出せていない
今回は、これらをいきなり直そうとするのではなく、
一つずつ身体に思い出させることから始めました。
そして、この日の一番の救いは、リハビリそのものではありませんでした。
新潟病院のお昼ご飯です。
とにかくお米がおいしい。
魚料理もうまい。
魚が苦手だった私が、魚をおいしく食べられるようになったのは新潟病院です。
立派なことばかり言ってもしょうがない。
高橋昭夫も、ただの人間です。
気持ちが沈む日もあるし、うまい飯に救われる日もあります。
Day1は、そんな始まりでした。

2日目は、肩HALから始まりました。
肩HALは、単なる筋力トレーニングではありません。
自分の「動かそう」という神経の信号をHALが拾い、
その動きを助けてくれる。
いわば、神経と筋肉の再教育です。
思うように体が動かないとき、
どうしても「筋力がないから」と考えてしまいます。
もちろん筋力も大事です。
でも、それ以上に大事なのは、脳から出た命令が身体に届くことです。
肩HALは、その確認と練習でもあります。
そしてこの日のHAL散歩は、
とにかく笑いました。
いろいろな角度から撮影してもらい、
正面から、横から、低い位置から、
いつもとは違うHAL散歩になりました。
普段なら真面目に歩く場面でも、
この日はなぜか笑いが止まりませんでした。
いつもHAL散歩には笑いが多い。
でもこの日は、その中でも特別でした。
まさに、大笑いの日。

低い位置から見るHAL散歩は、
いつもの景色とはまったく違って見えました。
自分では必死に歩いているつもりでも、
角度を変えるだけで、どこかおかしく見える。
こういう撮影の工夫が、
その日の笑いにつながりました。
歩き方を整える。
右足の蹴りを意識する。
腕で支えすぎないようにする。
課題はもちろんあります。
でもこの日は、その課題を背負いすぎるのではなく、
笑いながら歩くことができました。
これは、とても大きかった。
歩くことが億劫になっていた私にとって、
「歩くのが楽しい」と思えるきっかけになった一日でした。
Day2の大笑いHAL散歩は、
ただ楽しかっただけでは終わりませんでした。
翌日のDay3になって、
私は大事なことを思い出しました。
HALというと、どうしても
リハビリ、訓練、評価、数字、歩行距離、
そういう言葉が先に浮かびます。
もちろん、それは大事です。
2分間歩行。
10m歩行。
歩行速度。
歩行距離。
どれも、自分の状態を知るためには必要な指標です。
でも、HALの目的は、ただ数字を伸ばすことだけではない。
歩けない人を、楽しく歩けるようにすること。
そこに大きな意味があるのだと思いました。

初めてHALを装着して歩いたとき、
私は本当に驚きました。
人にとって歩くことは、当たり前のことかもしれません。
でも、その当たり前が難しくなった人間にとって、
一歩前に出ることは決して当たり前ではありません。
HALをつけて歩いたとき、
「歩ける」ということが、こんなにも楽しいのかと思いました。
その感覚を、最近少し忘れていたのかもしれません。
歩かなければいけない。
リハビリしなければいけない。
結果を出さなければいけない。
そう考えるほど、歩くことが苦しくなる。
でも、本当は逆でした。
歩けることが楽しい。
だから、また歩きたくなる。
その順番を忘れてはいけない。
Day3は、初心に帰る日になりました。

4日目は、
腕の力に頼りすぎない歩き方を探る一日になりました。
私の場合、歩くときにどうしても腕で体を支える場面が多くなります。
それは必要な支えでもあります。
しかし、腕で支えすぎると、
・肩が上がる
・胸が固まる
・骨盤の前方移動が小さくなる
・足で身体を運ぶ感覚が弱くなる
ということが起こりやすい。
そこでこの日は、
ホイストのスリングをいつもより高めに吊ってもらい、
腕の力に頼りすぎない条件で歩いてみました。
その分、歩幅は少し狭くなりました。
でもそれは後退ではありません。
新しい条件で身体が歩行パターンを探している反応です。
大きく歩くことより、
崩れずに、余計な力に頼らずに歩くこと。
それを確かめる一日でした。

HAL散歩5月、5日目。
この日が、今回の入院で最後のHAL散歩になりました。
最終日のテーマは、
これまで意識してきた
「腕で体を支えすぎない歩き方」
をさらに一歩進めることでした。
昨日よりホイストのグリップ位置を下げてもらい、
なるべく腕は添えるだけにして歩くことを意識しました。
その結果、肩の交互の上下が少なくなり、
HAL散歩の後の腕の疲れも軽くなりました。
これは5月最後のHAL散歩として、
次につながる手応えを感じる一日になりました。
歩幅や距離だけでは分からない変化です。
でも私にとっては、とても大きい。
なぜなら、歩くことそのものよりも、
腕で支えることの方が重労働になってしまうことがあるからです。
その腕の疲れが軽くなった。
それは、歩き方の中身が少し変わったということだと思います。

もちろん、HAL散歩はいつも順調に進むわけではありません。
歩行中に違和感を感じる場面もあります。
装着の位置、ベルトの締め具合、グリップの高さ、身体の反応。
小さな違いが、歩きやすさや安心感に大きく関わります。
そんなとき、スタッフの皆さんがすぐに確認し、
一生懸命に調整してくれました。
この姿を見ると、
HAL散歩は機械だけで成り立っているのではないと改めて思います。
患者が安心して歩けるのは、
その場で気づき、支え、直してくれる人がいるからです。
笑わせてくれる人がいる。
撮影してくれる人がいる。
違和感に気づいて調整してくれる人がいる。
HAL散歩は、人の支えで続けられる。
5月の最終日に、そこも強く感じました。
今回の5月HAL散歩は、
記録を更新する1週間ではありませんでした。
2分間歩行も、10m歩行も行いませんでした。
でも、だからこそ見えたものがありました。
気持ちが重いまま始まった初日。
ご飯に救われた初日。
笑いながら歩けた2日目。
歩く楽しさを思い出した3日目。
腕に頼りすぎない歩き方を探った4日目。
そして、腕の疲れが軽くなった5月最後のHAL散歩。
この5日間で、
私は数字では測れないものを得ました。
歩くことは、苦しいだけではない。
歩くことは、楽しいものでもある。
そして、楽しく歩くことは、
ただ気分が良いというだけではありません。
力みが抜ける。
表情が変わる。
呼吸が変わる。
身体の使い方も変わる。
結果を急がないことで、
かえって見えてくるものがある。
今回の5月HAL散歩は、
そのことを教えてくれた1週間でした。
今回の総集編を書きながら、ふと思ったことがある。
新潟への道中も、実はリハビリなのではないか。
自宅を出て、関越道を走り、湯沢へ近づく。
谷川連峰が見えてくる。
岩原スキー場が見えてくる。
昔の記憶や、これまでのHAL散歩のことが少しずつよみがえる。
病院に着いてからリハビリが始まるのではなく、
新潟へ向かう3時間半の道中で、
自分の気持ちを整理し、体と心をリハビリへ向けていく。
もちろん、リハビリを行う病院にはそれぞれの役割があり、
それぞれの環境がある。
どちらが良い、悪いという話ではない。
ただ、私にとって新潟病院でのHAL散歩は、
HALを装着して歩く時間だけではない。
道中の景色も、
新潟病院の食事も、
スタッフの皆さんとの会話も、
写真や動画を撮ることも、
歩いた後のケアも、
全部がリハビリの一部になっている。
出発した時点で、もうHAL散歩が始まっている。
新潟という場所そのものが、
私の心と体を少しずつリハビリへ戻してくれる。
今回、歩く楽しさを思い出せたのは、
HALの力だけではなかった。
新潟という環境、
そこにいる人たち、
そして道中の景色まで含めて、
私にもう一度「歩く楽しさ」を思い出させてくれたのだと思う。
今回の入院中も、
新潟病院の先生方、看護師の皆さん、スタッフの皆さん、
そしてリハビリテーションチームのPT・OTの皆さんに支えていただきました。
体の状態を見ながら対応してくださり、
小さな変化にも気を配っていただけたことは、
HAL散歩を続けるうえで大きな力になりました。
うまくいく日ばかりではありません。
気持ちが重い日もあります。
体が思うように動かない日もあります。
それでも、その都度支えていただけることで、
また一歩、前へ進むことができました。
本当にありがとうございました。
5月のHAL散歩は、
数字を追わなかった1週間でした。
でも、
歩くことをもう一度好きになるための、
大切な1週間でした。
気持ちが重くても、新潟へ向かった。
笑いながら歩けた。
歩く楽しさを思い出した。
腕の疲れが軽くなった。
支えてくれる人たちのありがたさを、改めて感じた。
次回のHAL散歩は6月です。
その時に、今回見つけた
「腕は添えるだけ」
「歩くことを楽しむ」
という感覚を、もう一度確かめたいと思います。
次の一歩へ。
また新潟へ向かいます。
※フォレストカレッジホームページ
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