

2026年8月14日
お盆になると、いつもの森が少し違って感じられます。
仕事の音が少ない。
人の出入りも少ない。
機械の音が聞こえない。
聞こえてくるのは、
蝉の声。
風が葉を揺らす音。
遠くの鳥の声。
時々落ちる枝の音。
森そのものは何も変わっていないのかもしれません。
でも、人の動きがゆっくりになると、森の時間も少しゆっくり流れているように感じます。
仕事の日は、どうしても目的があります。
どこまで進めるか。
何を片付けるか。
次に何をするか。
頭の中は、先のことでいっぱいです。
そのため、森の音を聞いているようで、実は聞いていないことがあります。
ところがお盆のように予定が少ない日は、急ぐ理由がありません。
すると、普段なら気づかない小さな音が入ってきます。
風。
葉。
虫。
鳥。
森の中には、ずっと音があったのだと気づきます。
何もしないでいると、少し落ち着かなくなることがあります。
「何かしなければ」
と思ってしまう。
でも、森では何もしない時間も悪くありません。
木陰にいる。
空を見る。
風を感じる。
少し歩く。
それだけです。
何かを終わらせなくてもいい。
成果を残さなくてもいい。
何もしない時間があるから、また動き出せる。
そう思えることがあります。
人は予定を立てます。
今日までに終える。
何時までに戻る。
今週中に片付ける。
でも森は、そんな予定とは関係なく時間を進めています。
木は急いで大きくなりません。
雨が降れば濡れる。
晴れれば乾く。
季節が来れば葉を出し、やがて落とす。
その時間の流れを見ていると、
「少しくらい急がなくてもいいのではないか」
と思えてきます。
お盆は、家族のことや過ぎた時間を思い出す季節でもあります。
昨日の記事では、木に残る記憶について書きました。
今日は、その記憶を無理に言葉にしなくてもいいと思います。
ただ森にいる。
静かな時間の中で、ふと誰かを思い出す。
それで十分です。
思い出は、探そうとすると出てこないのに、何気ない時に突然よみがえることがあります。
森の匂いや風が、そのきっかけになることもあります。
お盆の森は、少しだけ時間がゆっくり流れる。
本当に森の時間が変わっているわけではありません。
変わっているのは、私たちの方なのかもしれません。
急がない。
予定を詰めない。
何もしない。
ただ森を見る。
そんな時間があると、普段見えなかったものや、聞こえなかったものに気づきます。
森は、止まっているように見えて、ずっと生きています。
そして私たちも、立ち止まることで初めて見えるものがあります。
お盆の一日。
少しだけ時間をゆっくり使ってみるのも、悪くないと思います。
「何もしない時間って、少しもったいない気がしていました。
でも森の中では、何もしないからこそ聞こえる音や、気づけることがあるんですね。
急がない日があるから、また動き出せる。
そんな時間も大切にしたいと思いました。」
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